シャドウと光のワーク【色彩心理カラーアートセラピー】

野口久美です。

昨日は、月1回の色彩心理カラーアートセラピー初級講座の日でした。

今回のテーマは、「シャドウ」。

私の影の部分に気付き、光を当てていきました。

 

受け入れられない人の共通点

今回の講座には、事前ワークがありました。

それは、「私が嫌だと思う人、受け入れられない人」の特徴を100個あげるというもの。

たくさんあげることで、表面上ではなく心の中から出てくるシャドウの部分に気付くことができるそうです。

最初は20個くらいで止まった事前ワークでしたが、なんとか100個書き上げて。

その中から、特に嫌だと思うものを10個に絞りました。

 

嫌だと思う人、イラッとくる人、こんな人にはなりたくないと思う人

= 自分が封印したもの、過去にトラウマがあって禁止したもの

 

帰ってきてから気付いたのですが、

私が出した「こんな人にはなりたくないと思う人」の中にも共通点のあるものもあり、目立ったのは、【自分の意見を持たずに人に依存している人、自分の意見は言わない人】

自分の意見がなく人の言われるがままに動いて、うまく行かなかったら人のせいにしたり。

本音があっても聞かれた時は言わずあとからいろいろ言ってきたり、本音は言わないのに気付いてよって思ってたり。

 

また、似たような部分で、【正直に自分の想いを伝えない人(思っていることと違うことを言う人)】

思ってることと違うことをわざとしたり、好きなのにわざと突き放したり、かまってほしくてわざと気をひくような行為をしたり。

 

なぜそこに私が反応してしまうのか。

ちょっと考えてみました。

 

 

私のシャドウ

私が受け入れられない人としてあげた【自分の意見を持たずに人に依存している人、自分の意見は言わない人】【正直に自分の想いを伝えない人(思っていることと違うことを言う人)】は、実は私のシャドウ(影)…?

見たくないと蓋をしているところを覗きに行き、そっと心の奥までアクセスしてみました。

 

私は自分が思っていることをはっきり言う人だと思っていました。

「10人いて、9人が右と言っても自分が左と思ったら左と言いなさい」と言われ、育ちました。

なので、違うと思ったら違うと言ってきたつもりでした。

 

けれど一方で、

自分が思ったことを言ったら全否定された。

言っても聞いてももらえず、スパッと切り捨てられた。

人と反対のことを言ったら、それで学年全員からシカトされた。

 

そんな経験を積んでいくうちに、だんだんと本音を言う場所を自分で選んでいたのかもしれません。

ここでなら、言える。

ここでは、どうせ聞いてもらえないから、言わない。

 

制限をかけているうちに、だんだんと自分の意見がわからなくなり、なんでも受け入れるという心が作られました。

大概のことは、受け入れられます。

そう思う人もいるよねって思えるようになり、自分は自分、他人は他人、と線引きするようになり。

 

受け入れるというより、受け入れた風に思って、我慢しちゃってたのかもしれません。

もしかしたら、

本当は受け入れきれていないことも、受け入れている気になっていて、自分の気持ちを伝えることができていない現状に反応しちゃうのかな、、と感じました。

 

 

光を当てる

私のシャドウとして表れた人。

いけない、ありえない。

そう思っている自分の枠を外すため、光を当ててみました。

最初は、影に光を当てること自体がわからず、どうやったら影が光になるのか、全く検討もつきませんでした。

 

自分が思い込んでいた枠を外した時、

そういう捉え方があるのか!と思い、これまで「いけない、ありえない」と思い込んでいたのは、私自身が決めつけていただけのことだと気付きました。

 

嫌なことに視点を向け、ただその1点を見て嫌だと決めつけ、ありえないと思ってしまうこともありました。

感情的になり、過剰に反応してしまう時が、いかに視野が狭くなっているのかを発見できました。

 

 

まとめ

事前ワークで出した100個。

自分が何に反応して嫌だと思っているのか。

嫌と思うことが目の前に表れたことは、何を学ぶために表れたのか。

自分を客観視して、受け取り方を見直してみようと思います。

 

シャドウと光のワークが、日常で自然にできるようになった時、すべてのことをありがたく受け止め、心も成長できるだろうと確信できた講座でした。

 

 

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