幼き記憶を想い出し、迎え癒す時間【コトシャセラピー no.2】

野口久美です。

コトシャセラピスト・やまぐちゆかさんのコトシャセラピー。

12月末に1回目を受け、今回は2回目。

内側としっかり向き合う時間を作ってきました。

コトシャセラピーpart1からの変化

「前回受けた後、どうですか?」

そんなゆかさんの質問から、会話がスタートして。

この1ヶ月半の内面の変化はすごいもので、いろんなことがありました。

滋賀まで一人旅に行き、そこで気付きのきっかけになるキーワードを拾ったこと。

そこからいろんなことが変わっていったこと。

私の習慣も変わりました。

いろんなものを浄化していき、迎えた先日の立春。

今回の立春は、すごかった。

“表現する”ことをやっていくと言いながら、なかなか進めずにぐるぐるしていた原因にたどり着いて、前回の記事を書きました。

『覚悟を決めて、軌道修正『光の種を呼び起こす。言葉と曼荼羅【みりいアート】』

コトシャセラピーpart1の時の”今の私”

今ある不快の原因に気付く

自分で自分と向き合う時間とはまた違う、第三者からの視点と直感で、問いかけをしてナビゲーションしてくださる、ゆかさん。

セルフセラピーではたどり着かない質問もあり、いつもよりもまた深く、ぐっと入り込んでいきました。

どんどん、どんどん、入り込み。

曼荼羅を販売することにブレーキがかかっているのは、なぜ?

アーティストと名乗るのは、オコガマシイと思っているのは、なぜ?

ガーゼ作家を始めた時は味わなかった『恐れ』によるブレーキ。

その違いは?

ガーゼ作家を始める時は、恐れって何もなかったんですね。

ワクワクしかなかった。

その理由は、きれいな縫製をしている自信があったし、好みもはっきりしているから、生地合わせ(センス)にも自信があった。

『じゃぁ、曼荼羅には自信がない?』

セラピー効果がある自信はある。

どんどん入り込める。

内側と向き合う時間になれる。

抵抗があるのは、「私が」描いた曼荼羅を提供すること。

なぜ?

小さい頃から絵を描くことが好きで、小学生の頃はよく、ひとりで海にお絵描きバッグを持って行き、有明海の干潮時に水のひいた岩の上に座り、絵を描いていた。

太陽の光によって変わる干潟、有明海、雲仙普賢岳、流れゆく雲…

その優しく輝く景色が好きで。

 

学校の先生にもよく褒めてもらい、文集や教室の後ろに飾るクラスの共同制作のベースの絵を描いたり、やっていました。

町のポスターも描いたな。

 

そこまで行った時に、”でも” が出てきた。

『でも』
美術部でもなく、絵の勉強をしたことはなかった。

美大やデザインを先行して、たくさん学んできた人はたくさんいるし…

 

はぁ〜?!
私そんなこと氣にしてたの?!

という声が出ちゃったくらい、自分の潜在意識にびっくり。

 

肩書きとか、どーでもいい。

経歴とか、大嫌い。

その裏には、私がコンプレックスが眠っていたことに気付きました。

原因の出どころを探る

絵を描くことはずっと好きできたもので、出来上がった絵は、私の分身のような存在。

小さな頃からずっと一緒に大きくなってきた宝物。

私ね、絵を描くとき、映像(イメージ)が見えるんです。

きっと表現する人ってそうだろうなって思うんだけど、こう描いてっていうそこらじゅうのエネルギーたちが、踊っているかのように紙の上に現れる。

絵を描くことは私の世界を表現することであり、

『描いた絵を認めてもらえない』=『私を認めてもらえない』

つまり、『私の感覚は間違っている』という全否定としてインプットされるようです。笑

『出して感覚(私)を否定されるくらいなら、出したくない』

という恐れが出てきました。

幼き頃、刷り込まれた過去の記憶 

同時に、タイムスリップしたかのように、”ある記憶” が頭に入ってきました。

あ…っと
スコーンと入ってきたのは、幼き頃の記憶。

小学校4年生くらいかな。

塾が終わったときだから、18時半とか19時半とかかな。

姉が終わるまでの待ち時間に、描いた絵を先生に褒められたのが嬉しくて、喜んで母に見せに行ったんですね。

私「見てー!わぁ〜上手だねぇ〜♡っ褒められたー!!」

って、車に乗った瞬間。

母「そんなの子供が絵を描いてたら、みんな上手だねって言うよ」

チーン。

今思うとね、仕事終わりの夜ですよ。

家から車で30分近くかけた塾に送ってもらって、1時間くらいずっと車で待ってて、よし帰ってきた!帰ろう!ってとき。

これから30分かけて、家に帰って、ご飯作って食べさせて。

まだまだやることいっぱいあったはず。

さらに疲れているときなら、座りもせずにハイテンションで絵を持ってきたら「はやく座って!」って思うよね。

ただそのときの幼き私は、そんなこと分からずに、褒めてもらったことが嬉しくて、母にも褒めてもらいたくて、一刻でもはやく見せたくて、テンションMAXだったんだと思います。

塾の先生に、勉強のことでないこと=個性を褒めてもらった。

その個性を、母は喜んではくれなかった。。

みんな上手って言うんだ。

私の描く絵はダメなんだ。。

私の感じることは間違っているんだ。。

スコーンときてから口にするまでの数秒間、ここで話すか一瞬ためらいました。

向き合うのが怖いという顕在意識と、気付いてっていう潜在意識の葛藤。

でも向き合わないと変わらない。
本気で変わりたいから。

 
そう思って言葉を口にしたら、涙が止まらなくなりました。

そんなに辛かったんだね、私。

ずっと、ずーっと、蓋をしてたんだね。

ごめんね。ありがとう。

母から、そんな風に言われたのは、そのときだけで。

いつも仕事の合間をぬって学校行事にもきてくれたし、ピアノひいたり絵を飾ったりする私が大好きな文化祭にもきてくれた。

たくさん絵を褒めてもらったし、絵を描くなら久美だよねって言ってもらえた。

たった1回だけど、タイミング悪く放った私の行動が、心の奥底の傷となり、ずっと眠っていた(眠らせていた)んだなぁ。

絵で活動をして、誰も私の作品を必要としてくれなかったら…

ガーゼ作家として活動を重ねてきた今、いつもブログを読んでくださっている方や、みりいのファンになってくださった方が離れていったら…

そんな恐れが、アーティストとして活動したいという私にブレーキをかけていました。

お母さんは子供にとって絶対的存在

今まで、わかっちゃぁいるけど、なかなか素直に認めれなかったし、口にできなかったこと。

『私、お母さんが大好き』なんだなぁ。

いっぱい反抗もしたし、正直、めんどくさいと思ったこともたくさんありました。

でも、お母さんは絶対的存在だった。

反抗するのも、分かってもらいたいという想いから。

めんどくさいと思うのも、嫌われたくないと想うから。

お母さんとお友達のように仲の良い友達を見て、ずっといいなぁって思っていました。

優しいお母さんがいいっていうのは、ただ優しいから良いわけではなく。

「すべて受け入れてもらいたい」

そんな想いの現れなんじゃないかなぁ。

母となった今だからこそ、母の気持ちがわかるようになりました。

母も人間だから、試行錯誤だったろうし、いっぱい悩んだだろうし、疲れるだろうし、怒って後悔したこともあったよね。

物心ついてから、はじめて。

人に、「私、お母さんが大好きなんです」って言ったの。

大好きすぎて、どうしても認めてもらいたかったんだろうな。

すでに、認めてもらっているのにね。

ここまで来て出てきたのが、わたしの「縫製がきれいな自信」。

たくさんの作家さんたちの縫製を見てきたし、お客様からも縫製が丁寧ですねって何度も言われたというのもあるけど。

わたしに縫製を教えてくれたのは、母なんですね。

だから、絶対的自信があった。

そして、ずっと母のきれいな縫製を見てきたからこそ、きれいな縫製でないと納得できない自分がいる。

どんだけ、母好きなん〜です。

お母さんって、子供にとって絶対的存在。

わたしも今や、お母さん。

これまで、無意識に傷つけてきたこともあるかもしれない。

幼き頃の自分の傷に気付くことで、子供との付き合い方も見直すきっかけになそうです。

曼荼羅だけでなく表現アーティストとして

コトシャセラピーpart2の中での、色遊びワーク。

Tシャツにプリントされた絵に、絵の具で色をつけて遊びました。

すごく楽しくて、ずっと描いていたい。

中に色をつけるときより、外を描くときの方が楽しかった♪

抽象的な絵を描くの、好きなんですよね。

キャンパスの上にふわぁ〜って映像が出てくるから、そのまま描いてる感じ。

曼荼羅と、どっちが楽しい?

というまさかの質問に、笑いがこぼれました。

曼荼羅はすごく好きだし、無意識の部分が現れるので、すごく面白い。

出来上がった曼荼羅を見ていると、吸い込まれそうで、内側からの光が語りかけてくる。

ただ、楽しい優先の ”表現”として私の世界を描くのであれば、こっちだなと。

ゆかさんからも、外を描いているときのエネルギーの出方が半端なかった、と。

「曼荼羅だけにこだわらなくてもいいんじゃない?」

前にも聞いたことのある言葉。

曼荼羅を描きたいときは、曼荼羅を描いたらいい。

抽象画を描きたかったら、抽象画を描いたらいい。

何にも縛られることなく、私の感じる世界をアートとして表現していきたいなぁ。

本気で自分と向き合う人のためのコトシャセラピー

私がモニターで受けさせていただいている「コトシャセラピー」は、ママフォトグラファー・コトシャセラピストのやまぐちゆかさんの新メニューです。

言霊と写真を使った『やまぐちゆか』が考案した
未来永劫型セラピーです。

あなたの心を映し出した写真 × あなたの中に眠る言霊(ことだま)= コトシャ

コトシャはあなた自身の持つ力を具現化したものです。

コトシャセラピーはコトシャがあなたを癒やすセラピーです。

コトシャセラピーはこれからのあなたとあなたの子どもたちの未来を、あなたの力で癒やし続けるセルフセラピーです。

 
本気で向き合うと、めっちゃ出てきます。

ひとりでは気付かないことを気付かせてくれる、ゆかさん。

本気で変わりたい方、ぜひゆかさんのホームページをご覧ください。

やまぐちゆかさんのコトシャセラピー詳細はこちら

曼荼羅アート体験

パステルを使って、曼荼羅(まんだら)を描くワークショップです。

色と触れ合い、無心で作業することで、自分と向き合う時間をご一緒しませんか?