大学受験の奇跡と人間不信克服へむけて【マイヒストリー③】

野口久美です。

 

これまでの私のことを書いたマイヒストリー。

前回までの記事はこちら。

▶︎▶︎▶︎【マイヒストリー①】活発な子?冷静な子?

▶︎▶︎▶︎【マイヒストリー②】バレー馬鹿の日々と人間不信

 

今回は、マイヒストリー③(高校〜大学時代)です。

 

諦めなかったら出来る

高校の時も、相変わらずのバレー馬鹿でしたよ〜。

でも、進学校だったので部活より勉強な空気。

わたしは部活がやりたくてたまらなかった…笑

 

高校ではリベロをやりました。

セッターをしないかと言われましたが、なんせネットから手が出ないもので…。

セッターも楽しかったけど、どこに落ちるか分からないボールを拾う…リベロもとっても楽しい♪

この頃から、やったことないものに挑戦したい!と思う心は変わっていません。

負けず嫌いなわたしは、全部あげてやるー!! と思い、堪能していました。

 

問題は、勉強。

3つ違いの成績のよい姉と比べられ、先生たちからは「姉を見習え」と何度言われたことか。

高校の頃の夢は、学校の先生。

特に物理が好きだったので、物理学のある大学へ進もうと思いました。センター試験の時点で、E判定だった私。。

興味のある数学と物理以外はまったく駄目でした…。

分かる人は分かると思いますが、E判定だった大学って…普通、受けません。。

 

先生たちみんなから、

「やめとけ。専門学校にしとけ。」と言われましたが、受ける前にあきらめるのが嫌で。

別の大学を受けるわけじゃないんだから、受けても良いですよね?

って言いました。

だって二次試験は、得意な数学と物理のみ。

しかそれぞれ400点満点。
前例がなくても、E判定で受かる可能性はあると思っていました。
(どんな自信や〜・・・)

 

自己採点は、ほぼ正解。

なんと合格。
奇跡が起きました。

家族は大喜び、先生方はア然。

 

諦めなかったら出来る‼︎
 
挑戦することを覚えました。

 

 

心から信頼できる人との出会い

入学早々、バレーのサークルを捜しました。

そこで、旦那さんとの出会いがありました。

 

バレーをやってる金髪のヤンキー。

バレーがとっても上手な田舎のヤンキー。

次第に仲良くなり、おつきあいすることになりました。

 

彼は、私をとても大切にしてくれました。

わたしが精神的に不安定なときにもあり、彼を困らせたこともありました。

 

でも、ずっとそばにいてくれました。

なにも言わずに、隣にいてくれました。

それまで人を信用できなかった私が、この人はずっとそばにいてくれる…。

そう思うことができました。

大学1年での出来事でした。

 

それ以来、大学2年のころから今まで14年間、喧嘩というものはしたことがありません。

彼のお陰で、わたしは精神的に落ち着きました。

 

それから、人へ対する不信感というものが、少しずつなくなっていきました。

バレーが終わった後の飲み会にも進んで行けるようになり、誰かの家でわいわいするのも、苦痛じゃなくなりました。

主人と出会ったおかげで、楽しい大学生活を送ることが出来ました。

 

 

消えない女子集団への恐怖

大学4年間で、ひとりひとりへ対する不信感はなくなったものの、やっぱりグループで固まっている人たちをみると、まだまだ躊躇していました。

やっぱり入れない…

 

同級生の仲の良い子たちでも、女の子たちが固まってお話しているのが苦手でした。なんで女の子って固まるんだろう…

そう思っていました。

 

大学で教員免許を取るために授業を受けるも、学校の先生って思ってたのと何か違うかも…と思い。

中学から思っていた「学校の先生」と言う夢がなくなり、他にやりたいことを探しはじめました。

続きは、こちら。
▶︎▶︎▶︎【マイヒストリー④】人間不信克服からの引きこもり生活、そして手作りを始める
 
 

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