生かされていることを感じながら

こんばんは。野口久美です。

 

3月11日。

あの日、テレビで見た映像を鮮明に覚えています。

 

九州は全く揺れることもなく、ポカポカした春らしい天気でした。

1歳になったばかりの息子は、ご飯を食べた後のお昼寝タイム。

私は、息子のお洋服を縫っていました。

 

3時前。

休憩しようと、ふとテレビをつけた時に流れてきた津波の映像。

最初は、映画か何かの予告かな?と思いました。

そしてすぐに、いや、違うよな、と。

 

その日から、「生きる」ということへの想いが変わりました。

当たり前だと思っていることは、当たり前ではない。

毎日、生きている。それだけでも奇跡。

この先、人生何十年。そんなの分からない。

もしかしたら数分後には、人生終わっているかもしれない。

 

子供と離れるのが怖くて、旦那さんと離れるのが怖くて。

お風呂に入るのも、トイレに行くのも、怖かった。

外に出ても、周りが一瞬でなくなるような映像にしか見えなくなって。

 

 

でも同時に、命について深く感じるようになりました。

 

「生かされている」。

私たちは、意味あって生かされている。

生かされている、この命。

なんの変哲もなく、ただ平凡な毎日を過ごすだけでは勿体無い。

この命がいつ終わっても、後悔のないように。

この魂に、ひとつでも多くの学びを。

そう思った日でもありました。

 

ふと、自分で仕事を作ろうと思ったのは、すぐ後の3月19日だったことを覚えています。

 

当たり前の日常かもしれないけど、そこにはたくさんの奇跡がある。

小さな小さなことかもしれないけど、日常にはたくさんの幸せがあふれている。

 

家族がいること。

子供たちといつも一緒にいれること。

暖かい布団の中で寝れること。

ご飯を食べれること。

好きなことができること。

 

そんな当たり前のことが当たり前になりすぎて、悩んだり、落ち込んだり。

そうじゃない。

悩んでいるけど、今のままでも十分しあわせ。

「現状満足、ただ感謝」という言葉が、すっと入ってくるようになりました。

 

 

そんなことを思い出していた今日。

一人の時間があったので、録画していたラプンツェルを観ました。

 

ディズニーが大好き!というわけではありませんが、ラプンツェルが大好きです。

とっても素直で、大きな愛でみんなを包み込み、周りが自然と幸せになっていく。

私自身がそうありたいと思っているのかもしれませんね。

 

特にこのシーンが、大好きです。

 

この映像を見るたびに、私もこの光と一緒に飛んで行く〜って思います。

私が戻るところって、どこだろう?

私が行き着くところって、どこだろう?

って。

説明しにくいのですが、本来の私を思い出すような、懐かしいような、そんな感じです。

 

やりたいことをやって突っ走っていたこれまでとは、なんか変わってきている気がしています。

自分と向き合う時間を作ってきてよかったと、そう思います。

仕事としては立ち止まってしまったけれど、私の中でちょっとは成長できたのかも。

 

 

本来の自分に素直になり。

この命のある限り、私にできることをやっていきたいな。

 

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